Soros

わかっており、わかっているとわかっている人は賢明である。ついていこう。
わかっており、わかっているとわかっていない人は眠っている。起こしてあげよう。
わかっておらず、わかっていないとわかっている人は学生である。教えてあげよう。
わかっておらず、わかっていないとわかっていない人は愚者である。かかわりあいになるのをやめよう。
Jan 18
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全13曲の「chronicle.」の12曲目で、小沢健二の94年のアルバム「LIFE」に収録されていた「ぼくらが旅に出る理由」がカバーされているのだが、そこに東京スカパラダイスオーケストラの茂木欣一が参加している。しかも本来のパートのドラムだけでなく、デュエットのシンガーとして。


安藤裕子の「そして君は摩天楼で 僕にあてハガキを書いた こんなに遠く離れていると 愛はまた深まってくの」というパートに続き、茂木はこう歌う。


 「それで僕は腕をふるって 君にあて返事を書いた
  とても素敵な長い手紙さ 何を書いたかはナイショなのさ」


94年のオザケン版オリジナルでドラムを叩いていたのは、スカパラの“初代”ドラマーだった青木達之。
だった、というのは、青木は99年5月、不慮の死を遂げたからだ。そして、茂木がもともと参加していたフィッシュマンズのボーカル佐藤伸治も、そのわずか2ヶ月前に急死している。


そんな2つの死という経緯があって、2001年11月、茂木はスカパラに正式加入。“2代目”としてドラマーの座を継いだ。


つまり、冒頭で紹介した「ウィークエンドシャッフル」内の言葉をそのまま借りれば、「ぼくらが旅に出る理由」のカバーは、


 「これは茂木さんから青木氏へ送る鎮魂歌、
  『長い手紙』(歌詞参照)でもあったのです。」


確かに、ここまで「生と死」を意識させるキャスティングは、そうそうない。
オザケン版オリジナルは、離れた恋人についての歌だが、このカバーでは同じ歌詞が、


 「ぼくらの住むこの世界では 太陽がいつものぼり
  喜びと悲しみが時に訪ねる」

 「そして毎日はつづいてく 丘を越え僕たちは歩く」

 「ぼくらの住むこの世界では 旅に出る理由があり
  誰もみな手をふってはしばし別れる」


…と、「失われた人」を思う言葉として響くような広がりが生まれている。生と死。曲に新しい意味を吹き込む、こういうものをすばらしいカバーというのだろう。


いっぽう、青木達之が1990年に当時のスカパラメンバー林昌幸と2人で作曲した、小泉今日子のヒット曲「丘を越えて」(作詞:小泉今日子)には、こんな歌詞がある。


 「今でも愛してるよって 手紙をくれた
  ずいぶん遠回りしたけど 勇気をだして」


実は、青木氏の葬儀で流されたのが、この曲だった。
もちろん、“長い手紙”がようやく届いた――と思うのはリスナー側の勝手な思い込みでしかない。
が、ここでもまた、歌詞に新たな意味が与えられたような気がしてしまう。