全13曲の「chronicle.」の12曲目で、小沢健二の94年のアルバム「LIFE」に収録されていた「ぼくらが旅に出る理由」がカバーされているのだが、そこに東京スカパラダイスオーケストラの茂木欣一が参加している。しかも本来のパートのドラムだけでなく、デュエットのシンガーとして。
安藤裕子の「そして君は摩天楼で 僕にあてハガキを書いた こんなに遠く離れていると 愛はまた深まってくの」というパートに続き、茂木はこう歌う。
「それで僕は腕をふるって 君にあて返事を書いた
とても素敵な長い手紙さ 何を書いたかはナイショなのさ」
94年のオザケン版オリジナルでドラムを叩いていたのは、スカパラの“初代”ドラマーだった青木達之。
だった、というのは、青木は99年5月、不慮の死を遂げたからだ。そして、茂木がもともと参加していたフィッシュマンズのボーカル佐藤伸治も、そのわずか2ヶ月前に急死している。
そんな2つの死という経緯があって、2001年11月、茂木はスカパラに正式加入。“2代目”としてドラマーの座を継いだ。
つまり、冒頭で紹介した「ウィークエンドシャッフル」内の言葉をそのまま借りれば、「ぼくらが旅に出る理由」のカバーは、
「これは茂木さんから青木氏へ送る鎮魂歌、
『長い手紙』(歌詞参照)でもあったのです。」
確かに、ここまで「生と死」を意識させるキャスティングは、そうそうない。
オザケン版オリジナルは、離れた恋人についての歌だが、このカバーでは同じ歌詞が、
「ぼくらの住むこの世界では 太陽がいつものぼり
喜びと悲しみが時に訪ねる」
「そして毎日はつづいてく 丘を越え僕たちは歩く」
「ぼくらの住むこの世界では 旅に出る理由があり
誰もみな手をふってはしばし別れる」
…と、「失われた人」を思う言葉として響くような広がりが生まれている。生と死。曲に新しい意味を吹き込む、こういうものをすばらしいカバーというのだろう。
いっぽう、青木達之が1990年に当時のスカパラメンバー林昌幸と2人で作曲した、小泉今日子のヒット曲「丘を越えて」(作詞:小泉今日子)には、こんな歌詞がある。
「今でも愛してるよって 手紙をくれた
ずいぶん遠回りしたけど 勇気をだして」
実は、青木氏の葬儀で流されたのが、この曲だった。
もちろん、“長い手紙”がようやく届いた――と思うのはリスナー側の勝手な思い込みでしかない。
が、ここでもまた、歌詞に新たな意味が与えられたような気がしてしまう。
2008-12-10
(via gkojax-text) (via mnky)